SandoTerrace Project

Start

計画の始まりは平成29年。平成28年に天皇陛下よりの「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を受け、譲位の議論が起こり加速して、平成29年には「平成31年4月30日」に陛下の退位が行われ「同5月1日」に新帝陛下の即位、新元号となる事が決まった。それに伴い、当金蛇水神社でも御代替わりを奉祝し、記念事業を行おうと、神社外苑の一新を主とした今回のSandoTerrace プロジェクトは始動した。

旧休憩所は平成元年の巳年記念事業で建てられてから30年が経過し、老朽化が進んでいた。建物も昭和然としており、これを新時代に合ったものに"リノベーション”しようと考えた。

Architectural Competition

リノベーションするに当たっては、建築家に依頼しなければならなかったが、本計画を任せるに足る建築家をどのように決めたらいいものか、選定は難航した。

そこへ、JIA日本建築家協会宮城地域会の辻会長とのご縁をいただき、建築家の大会である『アーキテクツウィーク2017』の「リノベーション設計競技」の題材として取り上げていただくこととなり、「神社の休憩所のリノベーション」との題材で全国に応募をかけた。

予想より多く全国から36案もの提案が集まり、その中から選抜した8案を、平成29年12月5日『アーキテクツウィーク2017』大会当日にプレゼンしてもらうこととし、最優秀の建築家に依頼をすることとした。

どの作品も素晴らしかったが、機能と造形、実現可能性を検討し選考を行い、結果、齋藤和哉設計事務所が最優秀に輝いた。これによりプロジェクトはスタート地点に立った。

Renovation to Rebuilding

齋藤和哉設計事務所との検討が始まる。その中で、現在の建物をリノベーションした場合に現行法規を満たすのが厳しいとの結論づけ、建て替えへと大きく計画変更がなされた。

また近隣の協力で隣接した敷地を譲ってもらい、元敷地内でのリノベーションから広い土地を生かした新しく自由な建築へと、飛躍することとなった。

 

まず、旧休憩所の機能を引き継ぎ「参拝者休憩処」「飲食処」「土産処」「お手洗い」の機能がある建築である必要があった。牡丹園入口の「牡丹園入園棟」「神社案内所」の機能も吸収したかった。

また、神社と牡丹園、そして山との関係性の中での位置取り、そして新たに「参道」も設けなくてならない。

 

協議を続けていく中、参道を中心に据え、それに建物を添わせる形になっていった。

初期「一棟」案

ところが設計の検討を続けて行く中で、大きな問題が発生する。市街化調整区域のため許可が降りないという。現行は宗教施設特例で許可を得ているため、新たに建て替え増築した場合は現在の許可は難しいとのことだった。

 

現在の許可内でのリノベーションをするしかないか、計画が振り出しに戻るかに思えたが、県と何度も折衝を重ねていく中で、宮城では初ではあるが観光地特例での許可という光が見えてきた。

 

折衝を続け、岩沼市など多くの協力も得て、観光地特例にて建築の許可を降ろしてもらうこととなり、道が開かれた。

協議を進め、現在の分棟型となった。

Rebuilding to Rebirth

基礎建築が固まり「参道」を中心として両脇に「休憩棟」と「牡丹棟」を造ることとした。

休憩棟には「休憩処」「飲食処」「神社案内所」を。牡丹棟には「牡丹園入園棟」「土産処」の機能を分割し、建物の神社より一番遠い所に「お手洗い」を配した。

それに伴い、牡丹園を東に移設、新たに広場を造成し、建物と牡丹園・山との繋ぎとした。

牡丹園は、開園期間以外でも常時庭園として歩けるよう、岩を組み滝と小川を設けて充実させることとした。

つつじ山は、今まで牡丹園と繋がっていなかったものを広場を介して繋げ、また頂上の、仙台平野から遠くは牡鹿半島の島影、岩沼市内を阿武隈川まで望める眺望も失われていたため、手を入れ回復させることとした。

 

暗くなるため参道の屋根を設けない方向であったが、齋藤建築士よりの提案で、型にして屋根を設け敢えて暗くして、クロス部分に釣燈籠をかけることとした。

 

こうして休憩所のリノベーションから建て替え、そして、牡丹園・広場・山・さらには駐車場の、外苑を一体整備とする計画へと、大きく飛躍することとなった。

Design

名称は「SandoTerrace」と名付けた。「参道サンドウ」にある「Terraceテラス」というそのままの名称であるが、屋根により暗くなった空間を、転じてはまだまだ復興途中である地域を令和の新時代に明るく「照らす」事ができるよう、願いも込めた。

齋藤建築士のリノベーション案が「KanahebisuiTerrace」であり、テラスという言葉が初めからしっくりきたということもある。

建築は新時代を迎える御代替わりの記念事業であるため、新しい時代に合った、古いの代名詞であり歴史の蓄積した神社の和の魂を、現代建築に注ぎ込むようなものにしたかった。

神社の鳥居の外であり、外苑の建物であるため、神社建築の型にも囚われず、自由で、かつなるべくしてそうなったよう理に叶った、シンプルでモダンなものにしたい。その想いを設計に反映したものとなった。

 

 SandoTerraceのサインも定めた。力強い、昔から魔除けの模様としても使われてきた「蛇の目」を変形させたもの。優しく、蛇の姿を「花」のようにしたもの。その性格や精神性を表現した、陰と陽、2つの棟に、2つのサインとした。

 

休憩棟の食事処の名称はIKoMiKi(イコミキ)とし、牡丹棟の土産処はMiZuHa(ミズハ)とし、建築と並行してIKoMiKiの食事メニュー、MiZuHaの物品とIKoMiKiの食事メニューも決めていかなければならなかった。 

Rocal Collaboration

御神米・御神酒「黄金水神」

建築と平行して、完成後のMiZuHaでの物販、IKoMiKiでの飲食メニューについても検討を進めた。

まずは「米」。当神社は、田に引く水の平地の出口に祀られる神社であり、春の御祭は「米の豊作祈願」のため。対となる秋の御祭りは「米の収穫感謝」にために行うのが原義である。まずはその神社から流れる水で造られた米を使いたい。

特に前年には、地域の農家は全て農事法人に移行し、農業は戦後以来の大変革期を迎え、新しい形態に移っていた。米の消費量が下がっていく時代の中で、米の魅力を神社で発信したい。その想いを代表で神社役員でもあった鎌田氏に話し、協力の快諾をいただいた。

 

またその米を使いオリジナルの「御神酒」を造りたいと思い、神社から一番近い酒造会社は名取閖上の佐々木酒造店であり、佐々木専務とお会いした。佐々木酒造店は東日本大震災で被災をし、丁度次のシーズンより仮設の酒蔵から新しい酒蔵に移り、復興の酒造りが始まるところで、その始め銘柄の一つとして神社の御神酒を造っていただくということで、こちらも快諾をいただいた。

 

大事な銘は、米と酒どちらも同じ銘で、「黄金水神こがねすいじん」とした。

石鹸

当神社は水神の社であり、また神道において身を清めるという事は非常に重要であるため、石鹸が良いという事になった。

名取には、昔ながらの天然製法で無添加の石鹸「坊っちゃん石鹸」のブランドの、畑惣商店の工場があった。ここにお話をし、天然無添加のお清めのための石鹸をつくりたいとの依頼をし、『お清め水神石鹸』ができあがった。

 

また石鹸で、天然素材でカラフルな石鹸をつくる女川のKURIYAの話をきき、シーパルピア女川にあるKURIYA厨氏を訪ねた。天然無職の水神石鹸に対し、こちらは牡丹色「赤・白・ピンク・紫・黒・黄」をイメージした6色の石鹸を依頼し『牡丹石鹸』とした。

牡丹と藤

牡丹石鹸のほかにも、亘理に東北最大級の化粧品向上を持つコスメティックアイーダと、『ハンドクリーム 牡丹/藤』、また後には『アルコールハンドジェル藤』を。ほか『入浴剤 牡丹/藤』ほか『折り畳み傘 藤牡丹』など、当神社の社花である「牡丹」と「藤」をモチーフとしたものをつくった。

花蜂蜜Gold

藤や牡丹からハチミツが獲れないか、との案から花蜂蜜プロジェクトがスタートした。

黄金水神に比する神社のオリジナルのもの、と考えた時にこれほど適したものは無いのではないかと思い、丸森のファーストスターファームに養蜂管理を依頼した。神社の境内を見てもらったところ、良いハチミツを採るには蜂に水が必要であるため、金蛇沢七ツ堤の豊富な水量がある当地は非常に適しているとのことで、養蜂箱を設置してもらうこととなった。

藤を主とした花々から採れ、金蛇沢の水からできたハチミツは、透き通った黄金色で、藤の味の上品な甘さのものができた。

銘を金蛇水神社SandoTerrace『花蜂蜜GOLD』とし御土産として、またこれを様々な飲食メニューにも使って神社ならではのオリジナルのメニューをつくることとした。

金蛇カレー / サイダー / ジンジャエール・甘酒

岩沼のレトルトカレーの大手である、「にしきや」に協力をもらいオリジナルの和風チキンカレー『金蛇カレー』を。牛タンサイダーなどのご当地サイダーをつくる仙台の「トレボン」で、日本酒風味のサイダー『御神酒サイダー』と、生姜を効かせたジンジャエール『金蛇水ジンジャー』、また御神酒の佐々木酒造店にて、純米吟醸と同じ歩合の米で『純米吟醸  水神甘酒』などバラエティに富んだものもつくった。

Origin Collaboration

三條宗近天下包丁

拝殿額「御神体を鍛える三條小鍛冶宗近」

1,000年以上前の989年、京より刀を打つため清水を求めて来た「三條小鍛冶宗近」が、当水神宮に「金」(玉鋼)で鍛造した「蛇」を納めていったことが、現在の金蛇水神社の社名の由来である。

宗近は最も素晴らしい刀と云われる、天下五剣の中で最も美しいと云われる国宝『三日月宗近』を打った伝説の刀匠である。

現在、子孫である小鍛冶氏は奈良若草山麓に移って、和包丁を扱う「三條小鍛冶宗近本店」を構えている。令和元年3月に奈良へ訪問、本記念事業を直接説明し、包丁などの融通を快く引き受けていただいた。


Construction

建設会社は松井建設を選定した。当初は地元企業の選定も視野に入れたが、建築規模と半年という極めてタイトなスケジュールでのプランの完遂は、ゼネコンでなくては不可能だった。松井建設は日本の建設業のみならず全企業の中で最も古い、戦国時代から続く社寺建築を得意とする総合建築業社である。今回の設計は社寺建築ではないが、「神社の建物の現代建築」という新しい形を、神社と一緒に創りたいとの一方ならぬ想いで本工事を請け負ってもらった。

地鎮祭(令和元年10月1日)

令和元年10月1日、工事に先立ち地鎮祭が執り行われ、齋藤和哉設計事務所、松井建設、岩沼造園など、工事に関わる業者と共に、工事の安全、無事の竣工を祈願して、工事が始まった。

上棟祭(令和2年1月14日)

令和2年1月14日、正月を締めくくるどんと祭に合わせて、上棟祭を執り行った。 構造上、棟木はないが躯体ができたので、引き続き工事の無事安全の祈願をし、祭儀を斎行した。また当日は午後より、JIA(日本建築協会)宮城による現場見学会も同時開催された。

上棟祭後~竣工祭

Covid-19

建築も佳境に入った令和2年2月、コロナウイルスの世界的流行が始まった。日本そして宮城でも感染が徐々に拡大し、4月頭には令和2年花まつりの中止、及び食事処IKoMiKiの延期の対応を取らざるを得なくなった。 

竣工祭(令和2年4月29日)

令和2年4月29日、SandoTerraceの竣工祭が、感染症対策のため主な関係者のみ少人数で神事のみ行われた。

沢山の方々の扶けをいただいて無事竣工を迎えられ、皆様を招き竣工祭を行う予定であったが、緊急事態宣言が発令され已む無くごく一部の参列者のみでの斎行となった。

MiZuHaオープン

竣工祭後、牡丹棟・土産処MiZuHaのみをプレオープンした。令和2年も当地での観測史上最速の桜の開花宣言があり、牡丹もMiZuHaのオープンとともに咲き始めた。牡丹はデリケートなため前年の移植の影響を心配していたが、中止にもかかわらず例年と変わらない美しい花を咲かせてくれた。

花まつりは中止したが、緊急事態宣言下でどこにも行けない近隣の方に、花は落とさずに無料にて開園した。春の例大祭は神事のみ斎行し、かつてない静かな例大祭となった。

Restart

 グランドオープンが1年延期され、食事処IKoMiKiを開くまで1年の猶予ができた。内容をより煮詰め、アイディアを加えてよりよい物を創る時間としたいと思った。

MiZuHaにカフェ機能を移転しカフェスタンドを始め、ドリンクメニューのほか「白蛇ソフト」や「白蛇パン」などの予定していた一部の軽食の提供を始めた。季節に沿って、夏には神域で採れた梅を使った「神梅かき氷」や紫陽花のように色を変える「紫陽花ティー」など。白蛇パンの餡も、秋には「かぼちゃ・くり・さつまいも」、冬には「ゆず、黒豆きなこ」などとメニューに季節感なども加えていった。

食事処のメニューは1から見直し、神社らしい特色を加えていった。

「黄金塩」を振って、お清めをして召し上がっていただくこととし、「蛇」「牡丹」「藤」をモチーフとしたもの。

「神社の花から採れた花はちみつ」を使う。主に四ツ足(牛・豚)ではなく「鶏」を使用する。など、神社休憩所ならではのメニュー内容へ改善していった。

御礼 そして

令和の新しい御代に、新しい神社の在り方を模索する本事業に、多くのご助力ご協力をいただき誠にありがとうございます。

 

お蔭を持ちまして、コロナ禍の中も主の事業である参拝者休憩所が無事竣工でき、1年の延期をまたぎこの度「4月15日」にグランドオープンいたします。まだコロナウイルスは収束の兆しはなく、そのような中での船出となってしまいましたが、感染症対策をしっかりと行った上で、安心してお休みいただける空間としたいと考えております。

 

延期によって、東日本震災から10年目の年にオープンするということは、「震災からの完全なる復興」ということも事業の目的の一つでしたので、意義があることと捉え、またより高い完成度を目指す時間であったと考えております。

 

当神社は令和の新時代に活きる神社として、東日本大震災またコロナ禍をも乗り越え、神と人・人と人を結ぶ、自然の中の理想郷を目指し、皆様がより気持ちよく参拝、参集できる場所であるよう努めてまいります。引き続き、来年には神楽舞台の建築なども予定しており、どうぞ今後ともご助力くださいますとともに、いつでもお参りいただければと存じます。皆様のご参拝お待ちしております。 

 

金蛇水神社 宮司 髙橋以都紀

令和4年5月竣工予定 広場の神楽舞台

 

巫女舞や雅楽ほか伝統芸能、諸技芸を神様へ奉納する舞台であり、またそれを通して、地域の活性化と文化芸能振興を目指したいと思います。

 

なお、完成後のこけら落としを来年ゴールデンウィークに予定しており、奉納技芸者を募っています。

日頃、より一層の技芸向上や武運長久のご加護をいただけますよう、日頃鍛えた技芸をご奉納ください。

問い合わせは神社社務所へお電話ください。

令和3年~4年建立予定 山の社  Yama no Yashiro

 

神社つつじ山の整備を行い、近年失われていた仙台平野から遠くは牡鹿半島の島影、岩沼市内を阿武隈川まで見晴らせる眺望を回復させ、山頂には境内社である山神社を「山の社 Yama no Yashiro」として建立し遷座いたします。